2025年3月18日、上智大学にて日本広報学会主催の「経営機能としての広報」シンポジウムが開催された。2023年に日本広報学会は新しい広報の定義を「組織や個人が、目的達成や課題解決のために、多様なステークホルダーとの双方向コミュニケーションによって、社会的に望ましい関係を構築・維持する経営機能である」と発表したものの、経営者が広報をどのように捉えているかは謎のままだった。そこで、2024年に「上場企業経営者の広報に関する意識調査」が実施され、その結果を明らかにする場として本シンポジウムは企画された。

上場企業経営者への調査から判明した、広報機能への期待と現実
イベントの前半では、上智大学文学部新聞学科 准教授の国枝智樹氏より調査結果が報告された。調査項目は大きく「広報体制」「広報学会の定義への意見」「広報機能への期待と現実」「求める人材と体制」の4つに分けられていた。

まず広報体制について、国枝氏は「広報専任部署がない企業が約3割、広報専任部署があり責任者が経営層ではない企業が約3割、広報専任部署があり責任者が役員層である企業が3割強だった。専任部署があり責任者が経営層である企業、つまり経営と広報の距離が近い企業ほど『広報が期待している機能を果たしている』と回答する割合が高くなる」と説明した。
また、調査の注目すべき点は広報学会の定義への高い賛同率だった。国枝氏は「定義への賛同の程度について、95.2%の企業が『とても賛同する』または『賛同する』と回答した。加えて、定義が自社の広報機能へ期待する役割に当てはまるかという質問に対して、87.9%の企業が『とても当てはまる』または『当てはまる』と回答している」と述べ、広報は経営機能であるという認識が経営者にも浸透していることを確認した。
一方で、広報への期待と現実にはギャップがあることも明らかになった。広報機能を6つに分けた上で、それぞれの期待値と現実についてを調査した所、期待と現実には平均30%程度の差があった。国枝氏はこの結果について「『認知度/ブランド力/信頼性の向上』といった、広報の役割としてイメージしやすい役割についてもギャップが大きい。この差をどのように埋めるのかは、今後の課題だ」と指摘した。

広報責任者に求められる資質についても興味深い結果が示された。調査では広報責任者に備わっていてほしい知見の候補として「世の中の動きに対する知見」「会社や業界の知見」「経営の知見」「広報の専門的な知見」の4つを挙げたうえで、回答者に順位付けを依頼した。その結果、「会社や業界の知見」を1位および2位に選ぶ企業が多かった一方、「広報の専門的知見」は1位と4位に二極化された。国枝氏は「広報の専門的な知見は、責任者ではなくスタッフに求められている」可能性についても示唆した。また「BtoC企業では『広報の専門的知見』を1位に選ぶ傾向が見られ、BtoB企業では『会社や業界の知見』を選ぶ傾向が見られた」と述べ、業界特性による違いも指摘した。
最後に「求める人材と体制」に関する調査について、経営機能を担う広報の人材を育成・確保するための方法は「『社外研修やセミナー』『社内の異動』『外部アドバイザーの活用』『中途採用』が上位を占めた。『社内研修』は2割程度で、社内での育成よりも社外からの学びの機会が重視される傾向がある」との報告があった。
国枝氏は調査結果をまとめる中で、「経営者も広報を経営機能として捉えているが、現実としてその期待にこたえられていない企業もある。今後は個別企業へのインタビュー等を実施し、どのような歴史的背景で経営と広報の距離が形成されているのか、業種による違いはあるのか、広報が経営にどのように貢献しているのかを、より細かい文脈で紐解いていきたい」とこれからの方向性を示した。
経営トップと広報責任者が語る、広報と経営の相互理解に向けた道しるべ
イベントの後半では、経営トップ経験者と広報責任者を交えたパネルディスカッションが実施された。パネリストとして、NTTデータグループ 相談役、前代表取締役社長・元広報部長の本間洋氏、日清食品ホールディングス 執行役員・広報担当兼CCOの花本和弦氏、上智大学文学部新聞学科 准教授の国枝智樹氏が登壇。モデレーターは日本広報学会 理事長の柴山慎一氏が務めた。

一つ目のテーマは「期待と現実のギャップをどう埋めるか」というものだ。本間氏は「経営者が広報を理解し、広報と経営者が一人称で取り組むという覚悟の上での期待か否かが重要」と指摘。花本氏も「経営者が広報の機能について理解していない場合もあり、広報の上手な利用方法を伝えていく必要がある」と述べた。国枝氏は「広報は『魔法の言葉』とも言われる。広報について具体的なイメージは浮かんでおらず、何事でも解決できると勘違いされるケースもある」と補足した。
続いてテーマは「組織体制と、広報と経営の距離について」に移った。本間氏は「経営者が広報を理解することで、広報が期待している役割を果たせるような組織体制にできる」と述べつつ、広報部側も「経営機能としての広報という自覚と、経営者の背中を押す覚悟が必要」と指摘した。
さらに「広報が評価される/されない局面」に関する話が続いた。花本氏は「広報は影武者のような役割のため褒められることが少ない」と指摘した。本間氏は社長時代、いい仕事を見える化する取り組みを特に褒めていたと振り返りつつ、「BtoB企業では目に見える商品が少なく特に難しいが、決算発表やIRの度に、日頃からいい仕事を整理しておくように伝えていた」と語った。
最後のテーマは「広報人材の育成について」だった。本間氏は井上ひさし氏の言葉「むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをおもしろく」を引用。事業内容を分かりやすく魅力的に伝える力や、情緒的価値を伝えるために、物語を紡ぐ力を磨くことの重要性を強調した。また、業種を超えた交流の価値にも言及した。花本氏は「課題発掘力」「コミュニケーションプランニング力」「経営の基礎知識」「表現力」「マーケティング力」など、広報に必要な能力は多岐にわたると述べた。
会場からは「広聴機能」についての質問があり、本間氏からは「発信や情報提供をした後に、戻ってくる情報を踏まえて、PDCAサイクルを回すことが重要」、花本氏からは「レピュテーションリスクを経営会議で共有している」などの回答があった。「経営者に広報について理解してもらうため、エグゼクティブフォーラムの中で広報に関する理解を浸透させていくといった、大きな流れが作れないだろうか」といった質問には「そうしたフォーラムや各企業での研修など、複合的施策が必要なのでは」との意見が出された。会の終わりには、軽食を交えた意見交換会も実施され、参加者と登壇者の間で議論を深める機会となった。
(執筆:村島夏美)